千代に八千代に君が代を
海辺の拾い物、ガラスのボタン。桜の模様からして学生服ボタンと思われます。制服ボタンの裏に君が代の銘が入っているところあたりに当時の教育現場の軍国調の愛国精神がうかがえます。実は最初にブログで見たとき「が」の字が読めませんでした。「ひらがなは一音一字」と定められ、教育現場から変体文字が追放・廃止されたのが明治33年の「小学校令施行規則」であったというあたりからも、このボタンの古さがうかがえます。
ボタン愛好家のグループ Western Regional Button Association (WRBA.us) の日本の会員さんが見つけてくださったブログ「花鳥風月のヒロイモノ」の掲載記事でその存在を知りました。
昔の制服ボタンはほぼ金属製、物資不足の第二次大戦中には陶器のものもありましたがガラス製は珍しい。
『古今和歌集』が初出とされる君が代は安土時代には恋歌であったと小耳にはさんで読み返してみれば、確かにそう読むこともできます。小学校のころに「教えこまれた」解釈とは全く違います。こうした古文書の多義性は地域文化を越えた旧約聖書の『雅歌』解釈の変遷にも通じるところがありそうです。
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
このボタンは東京湾の反対側、三浦半島の西側で2008年に見つかったそうです。終戦直後に軍国主義を払拭する海洋廃棄で横須賀基地の反対側の海に投げ込まれたのかすらも不明のまま、このボタンがいつ頃どの町のガラス工場で作られたのか、どの学校のものなのか、などもボタン愛好家としては気になるところですが、米国連邦議会図書館所蔵の空爆地図からも、その後の経済開発や地域発展の様子からしても、戦前にボタンを作っていたようなガラス工場の過去をたどることはできるのでしょうか。

Ceramic hand grenades washed up on the Miura Peninsula in 2012, Photo courtesy: 拾い物 (found in nature)
白髪染め『君が代』
話はそれますが、同じブログの筆者さんが見つけられた小さな白髪染めの瓶もご紹介くださいました。君が代という白髪染めブランドがあったんですね。千代に八千代に若くあらんとの願いを込めるには、なかなか相応しいではありませんか。
我が君の栄光と力、世々限りなくあれ
君と呼ばれるそのお方が誰であるのかの解釈はあちこちで千差万別のようですが、ヘンデルのハレルヤコーラスの歌詞にも、同じ願いが込められています。言葉や文化の違いを超えた共振・共鳴が奏でるハーモニー、聞こえてきませんか。
浅田さんが金メダルを獲得されたとき、君が代をアカペラで歌ってくださったスウェーデンの合唱隊の皆さんに今、国境を越えて、時空をつないで共鳴する願いを感じざるに得ません。
![]()
その後しばらくして、金色の『君が代』ボタンをいくつか入手することができました。一見すると金属製のようですが、裏の金が剥げたところを見ると、やはり中身はガラス。ひとつ割ってみることにしました。金属メッキのガラスボタンは20世紀初頭フランスのものが知られています。この金色ボタンのメッキが海水で完全に溶けてなくなる年数は5~10年ぐらいと推定できるようです。






