「等」を英訳しにくいのはなぜ?
日本語では「等」を入れておかなければ文の意味するところが本来の意図よりも狭まることがあります。ところがこれを英訳するときに、その「等」を直訳できないときがあります。なぜでしょう。
My unscientific observation is that English words are like dots of light that open up the world. Japanese words are more like long-range spotlights, narrowing down the focus of the world. I wonder how this observation relates to the Japanese being one of the more rigidly left-branching languages.
Example:
「ご質問等については○○にお問い合わせください」
日本語では「等」があった方がいいのですが、英語では外さないとマヌケに見えます。
buying time (直訳なのかな?)
英語のbuy time は、相手の注意をそらせるような
「関係のないことをしでかして、わざと遅らせる」ことなので、
これは日本語では時間を「稼ぐ」になります。
それを「買う」という動詞をあてがって表現してしまうとなぜいけないのかというと
日本語では「金銭などの代価を支払うことを通じて」のところまで
ハッキリと暗に「伝わってしまう」からです。
つまり「へぇ~、時間稼ぎに金銭でも支払ってるのかよー?」
というつっこみを許す、ボケた日本語表現が出来上がってしまうのです。
buy time を「時間を買う」とするのは誤訳である、
と通常の文脈で断言できるのはそのためです。
でも、もしも時間稼ぎの目的で実際に「ドル資金の供給を拡充」していたら?
あれ?!お金ちゃんと払ってるじゃないですか~!!というわけでピンポーン。
この文脈ならしっかりbuy timeの意味を
伝えることに成功できています。
愚痴:いつもこんな直訳で済むのなら、誰だって苦労はしません!
Filed under translation | Comment (0)そこを笑っているわけじゃない
このトピックは、翻訳フォーラムのこちらのスレッド( QI and lost in translation)を受けたものです。テーマは異文化コミュニケーションのズレ。問題のYouTubeのクリップはこちら。
二重被爆された 山口彊さん(故人)に関して、当初の報道で
英国放送協会(BBC)が2010年12月17日に放映した人気お笑いクイズ番組「QI」で山口が取り上げられ、「世界一運が悪い男」などと笑いのタネにされた。
とあったために誤解が生じたようです。
視覚的なイメージのギャップ
YouTube の日本語コメントには嫌悪感や怒り、悲しみの声が多く寄せられています。故人の遺影やきのこ雲などのスタジオ背景写真、キャストの派手な服装など、確かに日本人の目には視覚的な違和感がありました。
しかしながらあの番組は故人「を」笑うどころか、歓談やジョークを交えながら「へーえ、そういう人がいたの。」と山口さんを「紹介する」テーマに基づくものであり、特に日本人としての怒りを買うべきものとは思えません。
BBCからの謝罪もあったとのことですが、単なる感覚の違いであったことを改めて認識していく方が今後の双方の理解につながるのではないかと感じています。
婦人と女性、womenの訳は?
the Daughters of the Republic of Texas, an organization made up of women who were the descendants of early Texans
とある箇所を訳していて思ったのですが、このwomenは私の感覚では
どうしても女性ではなく婦人になります。
広井さんという方の、下の引用箇所、的を射ていると思います。
この時期婦人は新しい時代をイメージさせる新しいことばとして、
言論や運動の場で支持を得ていった。それは、
婦人が既婚女性を意味したがために、女=女子=娘とは違って、
大人の女性を表す言葉として、
社会的な敬意を集めることができたからだろう。
(中略)
しかし、同時にこのことは、婦人という語の限界を表している。婦人が言論や運動の用語であり、女性の社会的な地位や役割を表す言葉であったがために、それ以外の私的で日常的な意味合い、とりわけ女という語が持っていセクシュアリティを欠落させることになった。
それをふまえた上で、あえてan organization made up of women who were the descendants early Texansのwomenは、女性という言葉では訳しきれないと思いましたので、ここに書き残してみます。
「女性」と「婦人」の違いですが、
「婦人」には根があるのかもしれません。
とにかく帚を持つ女って、頼もしいですよね。
Filed under translation | Tags: 訳は文脈次第 | Comment (0)日本語は曖昧ではない
英語も日本語に劣らず曖昧です。
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たとえば「フロアにボルトが落ちていた」をそのまま英訳できないからといって、
「よって日本語は曖昧な言語である!」という結論を出すことはできません。
なぜなら逆に、
- Her sister gave me the doll.
もそのまま和訳することはできないからです。
上の英文は姉・妹が曖昧な上、心的態度や視点などが全く不明です。
- このお人形、その方の妹さんが下さったんです。
- その人形、あの人の妹にもらったんだ。
- あのお人形ね、XXちゃんの姉さんがくれたの。
- あの人のお姉さんが持って行ってもいいと言ってくれたんだ。(私は盗まなかった。)
など、日本語にはバリエーションがいくらでもあるのに、単独の英文は全然のっぺらぼうで、何を言おうとしているのかが曖昧です。
ならばこの英文にはこうした情報がカラッポなのかといえば、勿論そんなことはありません。翻訳に必要なニュアンスはほぼ文脈に示されているのです。言外のものも含めて。
ところで、「sisterは曖昧だ、もっと明確な英語にせよ!」などと戯言を唱える人はいませんね。英語曖昧論者よりも日本語曖昧論者が圧倒的に多数なのはちょっと不思議です。(どっちの言語がより曖昧かを比較したところで、いい仕事をしたいと願っている翻訳者にとっては百害あって一利なしだと思うのですが。)
分野の偏りはありそうですが、文脈依存性が高いのは英語もしかりだと私は思っています。
>文脈依存性を引き下げるための言葉がノイズとなるからです。もちろん逆に、文脈依存性を高めすぎても理解されにくくなります。
特に英語に「見える単語」だけを訳すと日本語ではノイズになりやすいので、英語で言外に見えるものを日本語でもうまく伝えるバランスがとれれば理想です。でもこれがなかなか難しいんですね。
ディスカッションはこちら:How to write ‘Furyou’ in a deportation document – Honyaku EJ translation list | Google Groups.
Filed under translation | Comment (0)Don’t チャンポン!
日本語のわかる英語話者と通信するとき、
> 確かにそうですが、requirementに従います。
などとつい英単語を和文に交えて書いたことはありませんか?英語で通じている感覚かもしれませんが、これは要注意な錯覚です。
上を英語の文章としてみると、【誰が】requireしているのかが省略されているため、何やら後ろめたいものを隠しているような響きで伝わっています。
一方requireなどと英語を交えずに日本語で「確かにそうですが、規定に従います」と書けば、「誰が規定しているのか」は明示せずとも通じます。
日英両言語の性質は全く異なるため、和英チャンポンは英語話者の誤解を招き、さらに日本語そのものを「通じない言葉に変えていく」弊害があります。日本語なら日本語で書かないと中途半端です。当然のことですが。
こちらのディスカッションからのコメントです:
request for a checker – Honyaku EJ translation list | Google Groups.
Filed under translation | Tags: katakana | Comment (0)外来語をお酒にたとえると
ピクセルクロックデバイダなどのようなカタカナ語は、新たな概念導入を通じて日本語をさらに豊かにしてくれます。少量は健康にいいと言う意味で、お酒にたとえることができるかもしれません。
その一方、本来あるべき情報伝達を阻害するような外来語の濫用もあります。「わからない・通じない和訳」を売るような翻訳業者にとっては、ネットやメディアで「安かろう悪かろう」の変なカタカナ語が蔓延してくればそれだけ支離滅裂な言葉も正当化しやすくなるため、都合がいいのかもしれません。カタカナにするだけなら英語の意味を知らずとも訳したふりができるからです。これは飲酒運転のようなもので、事故のもとです。
「通じなくてもカタカナにしておけば、鋭敏な専門家は理解してくれる」と訳者が言うとき、それは読者に甘えていることになります。甘えもお酒も、ほどほどにいただくのがよろしいようです。
ディスカッションはこちらです:
A Katakana transliteration lesson for uninformed Japanese and non-NJS translators – Honyaku EJ translation list | Google Groups.
訳者には分からなくても読者は分かってくれるの?
「どうしてそんな和訳にしたのですか?」と聞いてみると、「わからなかったので直訳しただけ。テクニカル文書なので大丈夫です。」みたいな返事が多くて驚いてしまいます。自分が分からないでいて、人に分かるってどうして分かるの?
同じ訳語にたどりつくにも、その選び方はいろいろです。大別すると二通りでしょうか。
1.正しい訳語だから選んだ。
(The term is chosen because it’s correct.)
2.訳者には正誤の判別ができないが、最終読者には理解できるから 選んだ。
(The translator does not understand what it means, but hopes that the target readers will understand it. )
応急措置として不備を承知で訳を選ぶ場合もないとはいえませんが、訳語選択の根拠として2を挙げるのは「自分は翻訳家を偽る詐欺師である」とおおっぴらに宣伝しているようなものではないですか。
ディスカッションはこちら:
Benevolent agent – Honyaku EJ translation list | Google Groups.